ぷらすです。

今回ご紹介するのは、日本では昨年公開された、ジョージ・ミラー監督作品。
『マッドマックス 怒りのデスロード』(原題:Mad Max: Fury Road) ですよー!
本作は間違いなく、今後100年語り継がれる名作です!
なのでまだ観ていないという人に向けて、ザックリ解説を書こうと思いますよー!

 『マッドマックス』って何?

本作『マッドマックス 怒りのデスロード』は、1979年に公開されたオーストラリアのアクション映画『マッドマックス』から連なるシリーズの第四作になります。

荒廃し、秩序を失いかけている近未来のオーストラリアを舞台に、警官マックスと凶悪化した暴走族の壮絶な戦いと復讐を描いた第一作『マッドマックス』

大国同士の核戦争後の世界で、凶悪な暴走族から市井の人々を守るマックスの活躍を描いた『マッドマックス2』(1981年)

『~2』の世界観を更に進め、ティナターナーが出演したとこでも話題になった『マッドマックス サンダードーム』(1985年)

そして、『~サンダードーム』から27年ぶり、主演をメル・ギブソンからトム・ハーディーにバトンタッチし、スケールも予算も前作を遥かに上回る規模で制作されたのが、本作『マッドマックス 怒りのデスロード』なのです。

シリーズものではありますが、どの作品も主人公マックスと、荒廃し暴力が支配するという世界観以外は独立した作品になっているので、本作だけ観れば物語はちゃんと楽しめるように作られていすのでご安心を。

どこが凄いの?

公開と同時に、世界中のファンが祭り状態となった本作『~怒りのデスロード』ですが、観たことがない人には何がそんなに凄いのかが分かりづらいんじゃないかと思います。
本作がこれほど多くのファンに熱狂的な支持を受ける理由。
それは、映像の圧倒的な情報量にあります。

なので、一回観ただけでは、本作の全容を掴む事は(おそらく)出来ず、頭のおかしい車に乗った頭のおかしい人たちが、猛スピードでガーーっと走ってボーーンとクラッシュして、ドーーンと爆発する“だけ“の映画に思えるかもしれません。(その映像のインパクトだけでも十分凄いんですけどもw)

ただ、劇中のセリフは最低限にも関わらず、物語の世界観やシステム、キャラクターの性格や感情の動き、ストーリーの流れやメッセージまでが“全て“映像で表現されているのです。
これはある意味、限りなく無声映画に近い手法と言えると思いますし、こういう風に文章で書くと当たり前に思えるかもしれませんが、実はビックリするくらい物語が練りこまれてるし、とんでもなく難しい事をしているんですね。

映画的手法=アクションだと、よく言われますが、この場合のアクションとは「アクション映画」のアクションだけでなく、例えば役者の動きや表情など動き全てを指しています。
セリフもナレーションもない無声映画でも、観客に内容やキャラクターの感情が伝わるのはそういう事で、アクションこそが本来の映画的な表現手法なんですね。
本作は、その映画的手法を極限まで追求した作品であり、だからこそ本作は世界中で大ヒットし、映画史に残る名作になっているのだと思います。

徹底したディテールの追求

本作に登場する、一見するとバカバカしいほど現実離れした漫画チックなキャラクター(特に悪役)や車ですが、実はあのビジュアルは核戦争によって荒廃し、資源が枯渇している世界の中で、人々はどのように生きているのかという事を極めてロジカルに追求、表現されています。
例えば、ただの虚仮威しのように見えるラスボスのイモータン・ジョー衣装にも、すべて細かい設定やロジックがあるし、一見、頭のおかしい人が悪ふざけで作っちゃったような車だって同じです。
車内の内装や小物一つ、人物の服装やほんの数秒も映らないシーンのディテールに至るまで、尋常じゃない工夫と意匠が込められていて、そうしたディテールの積み重ねがそのまま、物語世界の歴史や劇中では描かれていない「キャラクターの人生」をも表現して、ストーリーに厚みを持たせているんですね。

画面から伝わる質量

本作の売りは何と言っても、狂ったビジュアルの車による猛スピードのカーアクション。
トゲトゲの車「ヤマアラシ」や、ラスボスイモータン・ジョーの“玉座“とも言える、四輪駆動のモンスタートラックの上にキャデラック二段重ねの「ギガホース」
トラックに大きな太鼓4つとスピーカーを積み、炎を吹くギターを演奏する男がいる戦意高揚車「ドーフワゴン」などなど。

そんなアホみたいな車がこれでもかと登場、砂漠を激走し、戦いの中で大破していくんですが、これらの車はすべて実際に作られ、走り、壊されて爆発してるんですね。
もちろんCGも使ってますけど、例えば役者の安全を守るロープを消したり、背景を合成するなど最低限で、カーアクションに関してはほぼ全て実写です。
今はCG技術も上がって、どんな物でも実写と区別がつかないくらいリアルに再現することが可能ですが、やはり実写ならではの迫力や“質量“は、見た目では分からなくても感覚的に伝わって来るということが、本作を観ているとよく分かります。

主人公はマックスじゃない!?

一応、シリーズを通しての主人公となっているマックスですが、本作での主人公はどちらかといえば、イモータン・ジョーの部下でありながら、彼を裏切る女隊長のフェリオサで、マックスはほぼフェリオサのサポート役として描かれています。 
なので、初見の人はマックスの存在感が少々薄いと感じるかもしれません。

何故かというと、マッドマックスのシリーズは監督のジョージ・ミラーが作り上げた新世界の神話であり、マックスは目的を持たずに荒野を彷徨う、英雄であると同時に人知を超えた存在として描かれているからなんですね。
つまり、本当の主人公は、マックスが出会う人々の方で、マックスはそんな彼ら彼女らを助け導く存在なわけです。同時に本作の冒頭ではマックス自身まるで一匹の獣の様に描かれていて、そんな彼がフェリオサやニュークスと出会う事で、人間性を取り戻していくという物語でもあるんですね。

本作はそうした重層的な意味や哲学的なテーマを、観客にそれと意識させずに、二時間飽きさせる事なく楽しめるエンターテイメント作品の裏側にそっと忍ばせているんです。

細けえこたぁいいんだよ!

とまぁ、暑苦しくゴチャゴチャと書いてしまいましたが、ぶちゃけそんな細かい事はどーでもいいのです!工エエェェ(´д`)ェェエエ工
ただ、僕が伝えたい事はただ一つ。
本作は、間違いなく今後100年語り継がれる映画史に残る大傑作だから、騙されたと思って一回観てくださいと。(今ならTSUTAYAで旧作料金でレンタル出来ますので)
で、もし面白いと思った人は、二度三度と観返すたびに、何かしら新しい発見を出来るはずですよー!

興味のある方は是非!!




この記事を書いた人 青空ぷらす

今日見た映画の感想(映画感想ブログ)
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