高野文子には漫画家という肩書の前に言葉が付いて回る。「天才の」とか「寡作の」とか「孤高の」とか。いろいろだ。1980年代初期に、大友克洋などと一緒に「ニューウェーブ」の旗手とも言われていた。2冊の短編集「絶対安全剃刀」と「おともだち」はマンガ史に残る傑作だ。デビュー時の衝撃は凄まじかった。

「絶対安全剃刀」

高野文子を知ったのは1980年に発行された雑誌「別冊奇想天外 No.9 SFマンガ大全集 Part4」だった。この号に「方南町経由新宿駅西口京王百貨店前行」が収録されていた。他には、「メデュウサ」(山岸凉子)、「阿呆船」(佐藤史生)、「DAY IN DAY OUT DAY GIRL」(さべあのま)、「となりの学星人」(ささやななえ)、「絆」(坂口尚)などが掲載されていた。

それからしばらくして「絶対安全剃刀」(1982年)を買った。いちばん好きなのは最後の「玄関」だ。作品に流れるやわらかな時間がとても心地よい。1コマ1コマにドラマがある。色が付いていないのにカラーが見えてくる。夏の臭いがする。「田辺のつる」や「ふとん」あたりが評価としては高いのだろうけどね。




「おともだち」

完成度という点では「おともだち」(1983年)の方が上だ。手に入れようと思ったとき(発売しているのに気付いていなかった)にはすでに絶版(奇譚社も白泉社も)していた。古本屋にもなかった。だから手元にあるのは筑摩書房の方(旧版)だ。箱入りの単行本サイズでまるで一昔前の児童文学のようだった。

収録されている作品は「絶対安全剃刀」と同じようにとても短い。唯一、長めの漫画になっているのが第1章「日本のおともだち」の最後、「春ノ波止場デウマレタ鳥ハ」だ。これが絶品すぎる。美しすぎて、言葉が出てこない。手塚治虫以降の漫画を、なんて文章を加える必要もないくらい、とんでもない作品だと思っている。

おともだち (新装版) (単行本)
高野 文子
筑摩書房
2015-06-25

※筑摩書房の新版

高野文子の漫画を読んでいると……

この2冊以降の作品もすべて読んでいる。「ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事」「るきさん」「棒がいっぽん」「黄色い本」「ドミトリーともきんす」。表紙のイラストを高野文子が手がているというだけで、北村薫の本まで手に入れたりした。

高野文子の漫画を読んでいると……。

あくせくした毎日を送ってたりして、ふと、こういう本を読んだり、こういう本のことを思い出したりすると、ときどき自分の価値観なんてちっぽけなものだなって改めて思ってしまう。その場所、その場所にはそれぞれの一見強固にみえる規範があって、その場所に自分がいるときにはそんな疑問なんてムダなことだし、考えないようにはつとめてるけど、たまにはこうやってN(ニュートラル)に戻すことも必要だなと感じる。埋没したままだと身体に悪いからね。身体の虫干しみたいなものかな。生活していくためには今の場所から完全に逸脱することなんてできないもん。

実はこの記事を書くために本棚を漁ったら、手元にあるはずの「絶対安全剃刀」がないことに気付いた。他の本はぜんぶあるのに。たしか一回買って、誰かに貸してそのままで、もう一度、大阪の小さな古本屋で手に入れた記憶があるのだけど、どこにもない。もしかして、貸したきり、そのままなのかな。もしかしたら、明日にでも3冊目の「絶対安全剃刀」を買ってしまうかもしれない。



あ、

雑誌「奇想天外」は2017年に2冊のアンソロジーが発売された。「復刻版」の方に高野文子の「アネサとオジ」も収録されている。最初に貼った動画がトレイラーだ。サブカルチャー・マガジンと公式サイトにも書いてあるけれど、本当にサブカルチャーがサブらしい時代だった。そう、思う。








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