『ヘンゼルとグレーテル』  グリム童話 小学館
 

 おなじみの話です。
 残酷な両親に森に置き去りにされそうになった兄と妹が、そうさせまいとがんばるんですが、
 結局森に置き去りになって、冒険をする話です。
  この話では、実のお母さんがとっても悪役です。
 お父さんが反対するのに、「飢え死にするよりまし」といって、我が子を森に。
 でも、こういうことって、日本でもありませんか?

 

 ちょっとかわいいから、ペットショップで猫や犬を買いました。
 でも、子どもを産むようになって、飼いきれなくなって、結局子どもを捨てました。
 「だって、うちではぜんぶを飼うほど財政に余裕がないもの」
 それじゃ、避妊手術をすればよかったのでは?
 最後まで責任をとれないんだったら、生き物なんて飼うべきじゃありません。





 もちろんこのグリム童話の時代では、避妊手術なんてありません。
 むしろセックスが唯一のたのしみでしょう。
 ドイツはプロテスタントの発祥の地ですが、貧しさからくる子だくさんという現状を、プロテスタント創始者のマルティン・ルターも見ていたかもしれませんね。

 さて、お菓子の家で子どもを誘った魔女。
 なんで森の中にお菓子の家なんか建てますかね。
 これまでに、捨てられた子どもたちがたくさんいて、わなを作るのが習い性になっていたのでしょうか。
 お菓子といっても、生クリームとかは塗ってないだろう。
 時間がたつと傷むものね(笑)
  ヘンゼルもグレーテルも、お菓子の家を食べてる場合じゃないと思います。
 子どもは見境がないですね。
 食べたらちゃんと、歯を磨こうね(笑)


 

 魔女をどうやってやっつけるか。
 食べられるところを、どう切り抜けるか。
 ハラハラするシーンです。
 この話は、ほんとはむごたらしい、悲惨な話なのです。
 だって、実の親に森に捨てられて、魔女のわなにかかって食べられそうになるんですよ!
 おまけに、魔女をやっつける方法といったら!
 なのに、お菓子の家というインパクトのおかげで、
「この話はなんとかなりそうだ」
 というお約束がなされてるように思います。





 お兄さんの機知もいいんですが、いつも泣いてばかりいた妹が、最後に見せた勇気は、成長を感じさせます。
 危機というのは、子どもを成長させるんです。
 たまには、かわいい子にも、旅をさせてみましょう。
 たくましく帰ってくるかもしれません。

  あすにゃん
  猫とお菓子と広島がすきです!
 漫画家の たらさわ みちさんと 仲良しです。


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