宮沢賢治が残した作品はどれも捨てがたいけれど、あえてものすごく刺激されたのを選べと言われたら「銀河鉄道の夜」と「春と修羅」になるだろう。ブルースの才能と引き替えにクロスロードで悪魔と契約したのはロバート・ジョンソン。なんか、これって恐怖新聞の鬼形君みたいだ。余命と引き替えにってやつだね。つまり、あんまりよくない匂い。宮沢賢治も人間でない何かと絶対、交信していたような気がする。でも、それは負のイメージでなく。もっと柔らかなイメージだ。喩えれば、ギリシア神話のミューズが天から降りてくるような感じがする。



「銀河鉄道の夜」と「春と修羅」。特に詩集は。童話も悪くないけれど、作品としてまとめるときに最初の原液が薄まってしまったような印象をうける。その点、「銀河鉄道の夜」は未完だし、詩という形態も散文よりはそのエキスを伝えてると思う。

宮沢賢治は誰と話していたのだろう?

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)

(宮沢賢治「春と修羅」の序より抜粋)

本当は、「春と修羅」の序を一部だけ抜き出すなんて最低最悪のことだと思う。宮沢賢治に、宮沢賢治が創り出した文章に、失礼極まりない行為だ。これ読んでると、はじめて読んだときもそうだったけど、広大なって言葉では表現できないキューブリックの2001年宇宙の旅みたいな静かな宇宙が頭のなかに飛び込んでくる。エーテルで満たされた宇宙。何度読んでも……だね。あまり美化しすぎたり、人物像を誇張することは避けたいが、それでも控えめにみて宮沢賢治は何か別のもの(?)の話を聞いていたはずだ。

宮沢賢治はどんな音を聞いていたのだろう?

 ジョバンニはああと深く息しました。
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」
「うん。僕だってそうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」ジョバンニが云いました。
「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云いました。
「僕たちしっかりやろうねえ。」ジョバンニが胸いっぱい新らしい力が湧くようにふうと息をしながら云いました。

(宮沢賢治「銀河鉄道の夜」より抜粋)

途方もなく長い時間、何処までも続く果てしない空間。宮沢賢治はそんなものを超えた視点で物事を見ていた。それは羨ましくもあり、別のところからみると同情に似た感情がでてくる。そんなの見なきゃよかったのに、気づかないほうが幸せだったかもしれないのに。それでもやっぱり羨望のほうが強い。断然、大きい。

だって、この世に生をうけた以上、世界のあらましを出来る限り知りたいって欲望はだれにでもあると思うし、ましてや一歩下がって冷静に見たら今ある現実なんて人間が勝手に決めた幻想みたいなものだらけだし。感じるままに感じる世界。言葉以前の世界に憧れるのは当然の帰依だと思う。だって、たぶん元はそこからやってきたのだろうし。

宮沢賢治が見ていた、聞いていた、当たり前にあるような世界は、きっと凡人には当たり前でない世界だったように思えて仕方がない。どのような解説を読んでも、聞いても、おそらく凡人に理解できない空間に宮沢賢治は住んでいたんだろう。宮沢賢治が残した作品に相対するとき、そう言い聞かせるしかないぐらいの脱力感に襲われるんだよね。



宮沢賢治詩集 (岩波文庫)
宮沢 賢治
岩波書店
1979-01-01


※抜粋は青空文庫を利用。
http://www.aozora.gr.jp
※「銀河鉄道の夜」に関してはこのサイトが面白い。小学生にも配慮した点がナイス。
賢治の見た夢~銀河鉄道の夜~
http://contest2002.thinkquest.jp/tqj2002/50133/
※宮沢賢治の研究本は何冊も読んだ。「銀河鉄道の夜」についての本はこれが面白かった。
宮沢賢治「銀河鉄道の夜」精読(岩波現代文庫)





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yosh.ash

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