さて、今回触れるのは映画も話題になった『沈黙』(遠藤周作)。遠藤氏の小説は神と自分との対峙が主題になっている作品が多い。私はよくいる日本人なのでこれといった宗教を持たないが、なぜか遠藤氏の小説には感じるところが多く、小説はすべて読んでいる。

何度も読み返した小説

初めて読んだ遠藤氏の小説がこの『沈黙』で、高校の教科書に載っていた。もちろん全文ではなかったので、全文を読むために図書室で文庫本を借りて夢中で読んだ。それからも何度も何度もこの小説は読み返していて、その度ごとに自分の感じるところが変化していくのも興味深かった。あまり内容には触れないことにしているが、最初は宣教師たちに、そのうちだんだんと裏切り者とされるキチジローに感情移入するようになっていった。小説から感じ取る自分の感覚の変化も不思議で、気がつけば何十年もの間に何度読み返したのかわからないほど読んだ。


沈黙 (新潮文庫)
遠藤 周作
新潮社
1981-10-19


マーティン・スコセッシにより映画化された『沈黙』

映画は、昨年12月に公開された。『タクシードライバー』などでも有名なマーティン・スコセッシが長年温めた後に公開されたこと、またリアルな描写でも話題を呼んだが、残念ながら私はまだ観ていない。小説を愛読していた友人たちが次々に感想を書き込んでいたが、評価はしながらも、やはりカトリック教徒であるスコセッシ監督と、基本的に一神教ではない日本人の感覚はどこか乖離していたようで、多少の物足りなさを訴えている人が多かった。これは自分で実際に観た上で確かめてみるしかないが、やはり元来が一神教の人々と、どんなものにも神が宿ると自然に考えてきた日本人にはどうやっても相容れない部分があるのは仕方のないことのような気がする。




もっとも、遠藤氏自身も長年に渡って欧米的なキリスト教観と、日本人的キリスト教観の乖離について考え続け、最後の小説となったインドを舞台にした『深い河』では「神はいろいろな顔を持つ、必要であればどんなものにも姿を変える」という日本人やインド人の多神教をも肯定する描写をしていた。長い間考え続けてきた神との向き合い方が、ついにこの方向に向いたのか、と感慨深いものがあった。チャンスがあればぜひこちらも読んでほしいと思う。


深い河 (講談社文庫)
遠藤 周作
講談社
1996-06-13


自分と対峙しながらがっつり読もう

『沈黙』もそうだが、遠藤氏の作品は長崎が舞台になっているものが多い。なので長崎で読むと最高のシチュエーションで読めるとは思うが、いかんせん内容が重たいものが多い。旅行にでかけて重たい内容の本を読んでうなだれるのも長期旅行ならばいいが、少々きつい。場所はどこでもいいが、おしゃれなカフェではきっと内容が入ってこないし、読むのをやめてしまうだろう。なのでここは自分の部屋で、自分の内面とがっちりと対峙しながら真剣に読んで欲しい。どうやっても明るい気分にはなれないので、その点だけは注意しよう。

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旅と音楽と本が好き。別名義でWebライターとして活動中。
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