前回のつづきです。天下のフォークシンガーである井上陽水さんの歌詞を、ひたすら勝手に解釈します。大ヒットした1999年のベストアルバム『GOLDEN BEST』より。


GOLDEN BEST
井上陽水
フォーライフ ミュージックエンタテイメント
1999-07-28



・14歳の妄想を怪しいおじさんが観察して歌う変態ソング。『Make-up Shadow』

難解だといわれることの多い理由のひとつだと思うのですが、陽水さんの歌詞には「一人称」がないことが非常に多いです。大体は主人公は歌い手ご自身、あるいは一般的にものごとを俯瞰で歌っていると思うのですが、この曲のように明らかに自分ではない人のことを歌っていると混乱します。


初めての口紅の唇の色に
恥じらいを気づかせる大人びた世界
あけすけに覗きこむ星達と月に
物憂げなまなざしの誘惑のリズム


これが、初めて口紅を塗っちゃって、オトナになった気分で浮かれる女の子、が主人公なら、非常に可愛らしいです。後半2行は中二病っぽいですが、たぶんこの女の子は14歳前後の年齢だと思うので全くもって健全です。

ただ・・・、これを歌っているのはアフロでグラサンの怪しいおじさんと考えると・・・率直にいって変態的だ。それをわざと舌っ足らずに妖艶に歌い上げられるのだ。でも、明らかに変態なのにロリコンっぽい雰囲気は全然ないな。もしかしたら娘なのかもしれないけど・・・こんなパパきらい!きもちわるい!パパのパンツと私のパンツを一緒に洗わないで!

怪しいおじさんの妄想なのか、14歳の女の子の妄想なのかはわかりませんが(後者であってほしい気がするけど)、中二病はさらに加速して、サビの歌詞はこうだ。


なにかが今日もリアルでシュールな
青いシャドウに、
どこか卑怯なイライザブルーのあの輝き、
瞳の魅力のようなミクロ微粒子の淡いシャドウに
二匹の豹のサファイアルビーの
あの口づけ、秘め事に



・・・これなんてラノベ?「ミクロ微粒子の淡いシャドウ」って。ボーカロイド曲に出てきそうなフレーズだな・・・。ラノベという単語もボカロという単語も存在しなかった1993年の曲だけど。

まあ、全部が「秘め事」で、「夢見てるいるだけのまなざしの奥」の世界なわけで、平たくいってしまえば妄想なんだけど、こういう気持ちは素敵だと思います。「初めての口紅」ってたぶん、親の口紅を隠れて勝手に使ったんじゃないかと思うのですが、その悪いことしている興奮も含まれていると思うんですよね。

これの男子版だと、隠れてタバコ吸う気持ちなのかなあ。今、隠れてタバコ吸うの、大人でも難しいと思うのですが、現役14歳の男子の現状はどうなのかなあ・・・あっ、自分も永遠の14歳なんだった・・・口紅を塗って妄想しなくちゃ(なんでそうなる)。



・まあみんな目先が大事だよね。『傘がない』

都会では自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
だけれども問題は今日の雨 傘がない


と、強烈で社会派っぽい(あくまで「っぽい」)出だしから始まりますが、実際はそう深く世を憂いているわけでもない。

ひどい世相なのは承知の上。でも、今そんなんどうでもええわ。雨降ってるやん傘わすれたし。今から彼女に会いに行かなあかんねん頼むわ。・・・と、あくまで今の自分の現況の方が問題だと。まあ確かに、いじめ問題や現政権について考えるより、今日じゅうに仕事おわるんかいな、ということの方に気持ちが行くわけで。そういう感覚は、昔も今も不変のものだと思います。ただ、今だと良くも悪くも、後からTwitterなどで第三者が言いたいように言えて、後から揉めたりしますが・・・。


・親不孝者でごめんなさい。『人生が二度あれば』


父は今年二月で 六十五
顔のシワはふえて いくばかり

母は今年九月で六十四
子供だけの為に 年とった



現在の感覚だと、64~65歳なんてまだまだ行ける年齢じゃん、と思いますが、1970年代初頭当時の平均寿命は69~75歳だったらしいので、そろそろ人生のリタイアを意識させるような年齢。

仕事に追われ、子育てに追われ、いつの間にか年老いて、欠けた湯飲み茶碗を片手に若い頃のことを話し合う。子供からすれば、親の人生は何のためにあったのかわからない、と。

陽水さんは元々、親の跡を継いで歯科医師になることを目指していたそうですが、大学受験に3度めの失敗をした折に、親に嘘をついて上京し、勉強はもう諦めて歌の持ち込みを始めたのだそうです。

この親不孝への申し訳なさなのか、「自分の」人生が二度あれば、それを親に差し出したい、という歌を作ったとのことです。歯科医師には別になってもならんでも良かったということでもありますが、ならなかったおかげで天才シンガーが生まれました。

ただ、良い歌だとは思うのですが、同じく親不孝者の自分でも、「自分の」二度めの人生は他人にあげたくないし、「親の」二度めの人生も親が生きればいいと思う。これはもう、時代の違いなのかと。なにせ、45年近く前の歌詞だからなあ・・・。

この記事を書いた人

プラーナ

henkou_ver

サブカル中二病系。永遠の14歳。大人のお子様。

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