ぷらすです。
今回は、ほんっっっとに今更ですがJ・K・ローリングの「ハリー・ポッター」シリーズが、日本で大ブームになった理由(ワケ)にいついて、僕なりの考察をしてみようと思います。


 


日本でのファンタジー小説の歴史


1999年、シリーズ第1巻『ハリー・ポッターと賢者の石』が日本発売される以前から、様々な海外ファンタジー小説の翻訳本が発売されていました。
特に有名なのは、映画化された『指輪物語』『ゲド戦記』『ナルニア国物語』で、この三作は世界三大ファンタジーと呼ばれているらしいですし、それぞれ映画化もされ、特に『指輪物語』の劇場版『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズは世界的に大ヒットしていますよね。

この三作は世界的に大ヒットし、日本にファンタジーというジャンルを根付かせた名作ではありますが、1960~70年代の発刊当初(少なくとも僕が知る限り)日本国内では『ハリー・ポッター』シリーズほどの(社会現象的な)大ブームではなく、あくまでファンタジー小説というジャンルの中でのヒットという位置づけだったように思います。

しかし、この三作は多くの日本人クリエイターにも影響を与え、後の小説、マンガ、ゲーム、アニメなど、各メディアコンテンツに数多の「国産ファンタジー」作品を生み出す事になるわけですね。

また、同時にファンタジー以外にも様々なジャンルの海外作品が日本に輸入され、それらのテイストを日本のコンテンツの中に落とし込んだ作品が多数発表されたことで、海外文化が日本の若者を中心に浸透していたということもあり、海外から輸入された「ファンタジー」が時間をかけて日本でもその世界観を受け入れる土壌が十分に整い、読者のリテラシーが上がった状態での発刊だったからこそ、「ハリー・ポッター」はあれだけの爆発的大ヒットに繋がったのではないでしょうか。

物語の強度


「ハリー・ポッターシリーズ」は人間界で不遇な境遇にある孤児の少年ハリーが、魔法学校に入学することで仲間や居場所を見つけ、様々な試練を乗り越え成長する物語です。
ただ、例えばハリーを救うのが魔法でなかったとしても物語自体は成り立つんですよね。

「スター・ウォーズ」も基本的には同じ構造だし、日本のマンガやアニメ、ドラマでも同じ構造の物語は沢山あります。
この物語で重要なのは「ハリーが魔法使いになる」ことではなく、一生の友人や尊敬できる大人と出会い、安心できる居場所を手に入れた孤独な少年が、様々な困難を乗り越えて成長するという普遍的な成長譚
その普遍性が「ハリー・ポッター」が世界中で長く愛される大きな魅力であって、「作品の強度」なんだと思うんですよね。

ミクスチャーと再解釈


もう一つ、「ハリー・ポッター」シリーズが爆発的にヒットした要因に、読者を選ばないハードルの低さがあるのではないかと思います。
いわゆる「異世界が舞台のファンタジー」の場合、読者は作者の作り上げた架空の世界や国を一から理解していかなくてはいけないので、初心者には正直ハードルが高いですよね。

対して「ハリー・ポッター」は大枠で言えば「異世界もの」ではあるものの、物語の舞台であるホグワーツ魔法魔術学校や魔法使いの世界は現実のイギリスの中で、読者の住む現実世界とレイヤーを一枚隔てたすぐ近くにあって、簡単に行き来き出来るし、現実世界とリンクしている部分も多い。

「本格異世界ファンタジー」を未知の国への海外旅行だとするなら、「ハリー・ポッター」は隣町のイオンに行くくらいの感じで、しかも舞台設定は一応現代なので読者はすんなり物語の世界に入れるし、物語の世界もあくまで読者の世界と同じ「ルール」をベースに回っているんですね。

そこに、恐らく作者のJ・K・ローリングも子供の頃から触れてきたであろう、イギリスで古くから伝わる神話や民話、数々のファンタジー作品などの要素やワードを解体し、ミクスチャー的に学校という誰もが馴染みのある舞台で再構築するという、現代の読者に合わせた物語を作り上げていったことで物語のハードルが下がり、普段ファンタジーに触れないような読者にも広く受け入れられたのではないかと思います。

ハリーと一緒に冒険するアトラクション的要素


主人公ハリー・ポッターは、元々魔法使いの家の生まれですが、ある事件で両親を失い11歳まで人間界の叔父の家で暮らしています。
物語は、そんなハリーにホグワーツ魔法魔術学校から入学許可証が届き、ハグリッドの迎えでホグワーツに向かうところから物語がスタートします。

そして、ホグワーツや魔法使いの世界を読者はハリーと一緒に体験していくわけですが、初めて見る世界へのワクワク感を読者がハリーと一緒に一からリアルタイムで共有・共感していくのが本シリーズの素晴らしいところで、ハリーと自分を重ねることで、読者は現実世界とリンクしながらも決定的に違う「異世界」を自分自身が体験しているような感覚を味わえる。いわば、アトラクション的な要素が本シリーズへの没入感をより深めているんだと思います。

この仕掛け自体はそれほど珍しくはないですけど、本シリーズは近年ではこの仕掛けが最も上手くハマった作品で、最初ハリーに自分を重ねて物語世界へ入ってきた読者は、もしハリーに感情移入出来なくなっても、その後ハーマイオニーやロンなど、それぞれお気に入りのキャラに自分を重ねてさらに物語を読み進められるようになっているんですね。


日本とイギリスの風土


元々イギリスにはケルト神話や民話、伝承などが息づいていて、多くのファンタジーもこれらを元に世界観が構築されている事が多く、そういう意味では同じく多神教で妖怪や怪談などの伝承が多い日本とよく似た風土を持っている国でもあります。

つまり、日本人には元々ファンタジーの世界を感覚的に受け入れやすい土壌があって、そんな日本で、(上記のような構造を持つ)「ハリー・ポッター」シリーズが日本で大ヒットしたのは、ある意味で必然だったと言えたのではないかと思ったりするんですね。

もちろん物語自体の面白さや、翻訳の見事さもあっての大ヒットなのは大前提ですが、色々な出会いと熱意に恵まれて日本にやってきて、多くの人に愛されている「ハリー・ポッター」シリーズを読んだ少年少女や、これから「ハリー・ポッター」に出会う子供達が、将来、日本発の新しいファンタジー作品を世界に送り出す日が来たら素敵だなと思う次第です。

ではではー(´∀`)ノ




この記事を書いた人 青空ぷらす

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