人気番組『テラスハウス』の影響もあってか、シェアハウス、ゲストハウスが注目される機会が増えてきた。年若い友人が「シェアハウスで生活してみたい」なんて言っているのも聞いたことがある。シェアハウスの登場以前にもルームシェアをしている人たちもたくさんいたわけだが、やはり世間的にはマイナーな存在であったのだろう。

シェアハウスとゲストハウスの違い

シェアハウスとゲストハウスを混同している人も多くいるが、実際は別物であり、シェアハウスは1つの物件の各部屋を個人部屋として使い、リビングを共有スペースとして、住人が決めたルールの下で生活することが多い。一方、ゲストハウスは基本的には安い宿泊施設だ。共用スペースがあるところもあるが、要するにゲストハウス=安宿だと思ってくれればいい。しかし、現在はゲストハウスも競争が激しいため、安宿といってバカにはできない。特に京都あたりでは過当競争が起きていて、それぞれの宿の特色を全面に出して国内外からの宿泊客を呼び込んでいる。気に入れば長期滞在する人もいる。

角田光代 『東京ゲストハウス』

今回の本、角田光代氏の『東京ゲストハウス』の舞台はどちらかといえばシェアハウスに近いのだが、まだシェアハウスがメジャーでなかった時代の作品であるし、住んでいるのはみんな海外から帰ってきたばかりで住む場所がない旅人だ。旅先での自由な生活と、本来属していたはずの日本の生活のギャップに戸惑いながら東京郊外の「旅館をやりたかったおばあさんが違法建築で建てた一軒家を引き継いで、ゲストハウスのようにして住んでいる」という同じく旅人でもある女性オーナーが仕切る、おんぼろの一軒家での旅人たちの話だ。

東京ゲスト・ハウス
角田 光代
河出書房新社
2005-10-05


角田氏はかなりあちこち旅をしていて『恋するように旅をして』という旅にまつわるエッセイも上梓している。旅人として色々な国を見てきた目は、なかなかに鋭く、通常ならば情に流されてしまうような出来事でも彼女独自の視点で見据えている。旅が好きであればこちらもぜひ一読されたい。



『東京ゲストハウス』に集まる面々は、旅の残滓をたっぷりくっつけたまま、自由な旅先ときちんとルールが存在する日本での生活の違いにうまく馴染めなかったり、あえて馴染む気もないような、はっきり言って困ったタイプの人間たちだ。私も人のことは言えない。私は無理に馴染む気もないタイプなのだろうが、これだけ何度も海外と日本を行ったり来たりしても、例えば日本の潔癖なほどの清潔さや、タイムテーブルどおりにきっかりと動く電車や、期日を指定すればほほ確実に手元に荷物が届く便利さにむしろ戸惑ってしまう。トイレで音声で使用方法の案内が自動で流れた時には「ギャー!」と声をあげて驚いてしまった。

旅の残滓病

「○○電車、現在2分遅れで運行しております。お急ぎのところ大変ご迷惑さまです」なんてアナウンスを耳にするとうんざりする。舐めても平気じゃないかと思うくらいに磨きたてられたトイレにもうんざりするし、コンビニエンスストアやスーパーの品揃えや価格を見るとうんざりする。これは私が比較的物価の安い国にばかり行っているせいもあるが、こういうのを私はこっそりと「旅の残滓病」と呼んでいる。旅の最中の価値観から抜け出せない、いや抜け出す気すらないで生活していると上記のような部分でイライラしてしまうのだ。

小説の中でも同棲していた彼女がいつの間にか別な男性と生活を始め、帰る場所がなくなった日本になかなか馴染めない主人公。ゲストハウス内に人が増えていくと旅の残滓が刺激され、最終的にはそこでの人間関係に嫌気をさして、海外へ脱出するオーナーの姿に共感できる人はきっと旅人だろう。

restaurant-336660_1280 (2)

この本はいわゆる海外の安ゲストハウスで沈没している旅人に読んでほしい。国外の宿でだらだらと生活をしながらも、いつかは日本に戻らなくてはいけないことがわかっていて、それでも滞在先の空気に慣らされ、日本へ戻れば恐らく「旅の残滓病」でしばらく身動きが取れなくなるだろう。もちろんいつかはこびりついた残滓をきれいにこそげ落とし、日本に馴染んだような顔をして生きていかねばならなくなるのだが、逃げているとこんな気分を味わうようになるのだ、ということを頭の片隅に置いておくために読んでほしい。もちろん旅先でボランティアをしてきたことを自己アピールに使うようなたくましい大学生にも読んでみてほしい。

余談だが、旅を本物の日常生活にしてしまっている人間も存在する。彼らはどこにも所属せず、その場その場で仕事をしてお金を稼ぎ、帰国時もつかの間の日本を楽しむ姿勢で軽々と次の国へ去っていく。そうなると、もう旅のプロだ。そんなふうに旅ができたらな、といつでも思っているが、私にはなかなか日本の感覚に戻れず四苦八苦するほうが似合うようだ。

この記事を書いた人

bloglogo
madokajee

旅と音楽と本が好き。別名義でWebライターとして活動中。
note  twitter 


スポンサーリンク