寺山修司の『書を捨てよ、街へ出よう』はとても有名だが、私は敢えてここで「書を携えよ、街へ出よう」と言いたいと思う。本であれば小説でもエッセイでもマンガでもいい。そのシチュエーションが似合う場所で、のんびりと何かを飲みながら本を読むのはとても楽しいし、何よりもその世界にどっぷりと浸ることができるからだ。今回からはそんな本と、似合うシチュエーションについて国内外を問わずに書いていこうと思う。

不夜城以前の世界

まず最初に選んだのは馳星周氏の『不夜城』だ。ノワール小説屈指の名作。金城武主演で映画にもなっているので誰もが雰囲気くらい知っていると思う。


不夜城の舞台は色々な人種がひしめく、歌舞伎町界隈だ。私はなかなか長い間、歌舞伎町(厳密に言えば区役所通り)のクラブでバイトしていた。もちろん踊るほうではなく、大人の社交場のほうである。働いていた店は歌舞伎町としてはそこそこの金額のクラブだったが、客層は歌舞伎町らしく様々な人たちがいた。いわゆるエリート893の方、都市銀行のそれなりの役職の方、風俗チェーンを展開していたオーナー、医師と製薬会社のMR、大手建設会社の方々など、いかにもそれらしい人たちの横に座り、飲んで、話して過ごしていた。働いているほうも、遊びに来るほうも、銀座ほど料金も高くなく、銀座ほど肩肘を貼ることなく、良い意味で明るく不健全。昔ながらのヤバい空気を引きずりながらものんびりとしていた。あの時までは。

そして事件は起きた

ある日、店が終わり、ほろ酔いでビルの1階へ降り、正面のエントランスではなく裏から出て行くと、そこには地獄のような光景が広がっていた。中国語と日本語の怒号が飛び交い、路面は血だらけで、店からタンカで運び出されていく女の人たちも血まみれだった。何が起きているのかまったくわからず呆然としていると、近くに顔見知りの人がいたので聞いてみた。
「なんだか中国人同士のいざこざで、中国クラブに男が押し入って青龍刀を振り回して暴れたらしいよ。最近中国人が多くなってきたとは思ってたけど、まさかこんなことが起きるとはね……」
と、彼も半ば魂を抜かれたような顔で運び出されていくタンカを見つめていた。いわゆる中国マフィアが絡んだ強烈に暴力的な犯罪。これ以降、歌舞伎町では似たようないざこざが増え始めた。私はなるべく裏通りを使わず、表通りを歩くようにした。

その後の歌舞伎町と小説『不夜城』
 
歌舞伎町はあからさまに中国人パワーが増していった。とんでもない美人がママをつとめる中国人クラブ、路上にたむろする恐らく中国マフィアの下っ端であろう目つきの悪い人々が大声で話す中国語。中華料理店も一気に増えた。それでも日本人が出入りするエリアと、中国人が出入りするエリアは微妙な均衡を保ってわかれていたが、どんどん家賃の高い高級物件にも中国人クラブが進出するようになった。カオスな歌舞伎町では力の強いものが強い。日本人は中国人に圧倒されはじめていた。

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それから少し経って小説『不夜城』が上梓された。読んでみるとあまりのリアリティにどんどん引き込まれていった。特に興味深かったのはいわゆる善良な人間が1人も登場しないことだ。誰もが自分の命を守るためなら身近な人間の命を引き換えに差し出す。時には自分の恋人さえも。相手を信用する人間はバカを見る。バカは死んでいくしかない、その冷徹な世界観に不思議な魅力を感じた。ストーリーについては実際に読んでみて欲しい。

喫茶パリジェンヌ

もし街へ出て『不夜城』を読むのならば、区役所通りのシンボルともいえる、風林会館の1階にある喫茶店「パリジェンヌ」をおすすめする。私は今でも時々パリジェンヌでお茶を飲んでいる夢をみることがある。当時の私は十分にいかがわしかったし、いかがわしい人間には不思議なくらい居心地の良い店だった。現在の歌舞伎町はずいぶん浄化されて危ないことも少ないが、不夜城の世界の頃のパリジェンヌは同伴待ちのホステス、893絡みの人々、その人々のおこぼれで生きているような人々ばかりがたむろしていて、他の喫茶店では絶対に味わえない危ない空気を醸し出していたのだ。不夜城は完結するまで全3巻あるが、3巻目では特にこの店が重要なポイントとして出てくる。

ぜひチャンスがあれば単行本を片手にパリジェンヌでお茶を飲みながらページを繰ってほしいものだ。

不夜城 (角川文庫)
馳 星周
角川書店
1998-04






長恨歌 不夜城完結編 (角川文庫)
馳 星周
角川グループパブリッシング
2008-07-25



不夜城 [DVD]
金城武
TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
2016-03-09



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旅と音楽と本が好き。別名義でWebライターとして活動中。
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