1986年に公開されたイギリス映画『シド・アンド・ナンシー(Sid And Nancy)』はセックス・ピストルズのベーシスト、シド・ヴィシャス(Sid Vicious)と彼の恋人であったナンシー・スパンゲンの物語だった。主役を演じたのは、これが映画デビューとなるゲイリー・オールドマン。有名俳優としての第一歩を刻んだ作品だった。

映画としては、この手の伝記物としては珠玉の出来といえた。途中からゲイリー・オールドマンとシド・ヴィシャスが重なって見えてくる。さすがは役に成りきる個性派俳優のひとりだ。ストーリーは、ナンシー殺害の容疑で警察に拘束された彼が、2人のなれそめをセックス・ピストルズの成り行きを絡めて、回想していく形で進んでいく。それは英国パンクロックの象徴であり、偶像になってしまった、ひとりの若すぎる青年の悲哀な物語だった。

シド・アンド・ナンシー [DVD]
ゲイリー・オールドマン
IVC,Ltd.(VC)(D)
2014-05-23


マルコム・マクラーレンとヴィヴィアン・ウエストウッド

セックス・ピストルズを語るとき、外せない人物が2人いる。マルコム・マクラーレンとヴィヴィアン・ウエストウッドだ。マルコム・マクラーレンはアメリカでニューヨーク・ドールズのマネージャーをつとめるもののバンドはすぐに解散。ニューヨーク・パンクを気に入っていた彼は、母国イギリスで実現させるために「パンク」を輸入してくる。

ヴィヴィアン・ウエストウッドと一緒にやっていたフィフティーズ中心の保守的なファッション店「Let It Rock」を「SEX」にして、SM要素の強い前衛的なお店に変えていく。そこに集まってきていたのがジョン・ライドンを含めたワルガキたちだった。ワルガキたちを原型となるバンドに加えたのがマルコム・マクラーレン。1970年代後期の仕掛け人となった。マネージャーであって、この計画の首謀者と言っていいと思う。

ジョニー・ロットンは簡単なオーディションで、シド・ヴィシャスは元々、ガラのわるい観客側で、唯一まともなミュージシャンであるグレン・マトロックが脱退すると、マルコム・マクラーレンの勧めで加入することになり、セックス・ピストルズが結成された。そして、ロンドンパンクのビジュアルに貢献したのが「パンクの女王」と呼ばることになったヴィヴィアン・ウエストウッド。

そう、マルコム・マクラーレンは世界を巻き込んだ詐欺師かもしれない。いたずらに音楽界をかき回した一流の詐欺師野郎だった。どこまでが計算されたものかは分からない。セックス・ピストルズはマルコム・マクラーレンが主導した巨大の造り物だった。

シド・ヴィシャスの全て VICIOUS―TOO FAST TO LIVE…
アラン・パーカー
ロッキング・オン
2004-03-10


実像としてのシド・ヴィシャスとナンシー・スパンゲン

2人の生活はいつのまにか……というのが正しいだろう。お互い何か惹かれ合うものがあったのだとしか言えない。それは他人には理解できないものだった。彼女は決して誰もが羨むような美貌の持ち主ではない。どう、控えめに見ても、この件については納得してもらえるはずだ。ひどい幼少期を送り、生粋の情緒不安定な悪い女。このイメージに間違いはないだろう。

2人の生活が始まると、転落の加速度を増していった。多種多様のドラッグ使用による依存症を止める者さえいなかった。いや、止めることが出来ないくらい転がり落ちていた。良くない結果が向こうからやってくるのは簡単に予想できたと思う。2人のどちらがダメだったという話ではない。どちらの責任でもなかった……そう、すでに2人は運命共同体として動いていた。それも最低最悪の共同体。

1978年10月13日。住居としていたチェルシーホテルのバスルームで、ナンシーの遺体は見つかった。シド・ヴィシャスは逮捕。そして起訴される。一大スキャンダルだ。彼女の腹部を刺していたナイフは彼の所有物だった。



1979年2月2日。ドラッグの過剰摂取によって、彼は亡くなる。21歳だった。早過ぎるというよりは急ぎすぎた人生のような気がする。あまりにも多くのことがわずか数年に起こり過ぎた。彼の上を多くの人が通っていった……そんな人生だった。

まだ、裁判の途中で、ナンシーの死因は分かっても、事の経緯は被疑者死亡という理由で捜査は終わりを告げた。様々な説があり。強盗説や陰謀説、やはり彼がドラッグで意識が確かでないまま刺してしまったのだと……映画でも、このあたりはハッキリと描いていない。今となっては真実は闇だ。闇のままの方がいいのかもしれない。

シド・ヴィシャスを傷つけていたのは本人だった。でも、それだけとは思えない。「過大すぎる影」に怯えていたように感じる。それは時代の寵児となった天罰なのか、それとも、シド・ヴィシャス自身の性格だったのか、誰も知ることはできない。

シド・ヴィシャスは時代が産んだ虚像だと思っている

偽物ではない。実像の一部が巨大化してしまったように感じる。メディアという表舞台に立つ人の宿命と言ってしまえば、そうなんでしょう。ただ、シド・ヴィシャスの場合は自分の許容範囲を明らかに超えていた過大。物事を実際のサイズ以上に大きく見てしまうこと。そういう意味に使われる。「過大すぎる影」に、ジョン・サイモン・リッチー(本名)では、シド・ヴィシャスという虚像が飲み込めないほどの大きさになっていたのだろう。

ブームにはよくあること……そう言ってしまえば終わりだ。20歳そこそこのジョン・サイモン・リッチーには耐えられなかった……そんな気がしてならない。決して、人間が弱いのではなく、時代の流れに飲み込まれたひとりの犠牲者なのだと思わざるをえない。

彼の最後のライブは終わっていない。今もパンクロックの象徴としてステージに立っている。ジョニー・ロットンはジョン・ライドンとなり、パンクは死んだと言った。それは嘘だ。今も生きている。ステージのライトは消えていない。

シド・ヴィシャス。それは悲しくも哀れな、現実の物語だ。


シド・シングス
シド・ビシャス
EMIミュージック・ジャパン
2005-07-06

この記事を書いた人

yosh.ash

文章と音楽。灰色の脳細胞です。
*Respective Colours* Organizer
Respective Colours *Magazine*  twitter  


スポンサーリンク