観て来ましたよ。X JAPANのドキュメンタリー映画『WE ARE X』。実は映画館というのがどうにも苦手でして、劇場に足を運ぶのも久しぶりなのですが、これは観ざるを得ないので(義務)。



・海外からX JAPAN宛てのオファーという、現実に叶った予想外の夢



まず、実はこれ、アメリカ製作の映画です。なので、海外からの視点のX JAPANのドキュメンタリーなんですね。字幕つきしかないと聞いて「?」と思ったのですが、まさかの国外生産。出てくる背景はほとんどニューヨークなのですが、「現在アメリカ合衆国のチャートにランクインしているX JAPANというバンドがある」という触れ込みから始まり、世界各国のファンの映像から始まります。'90年代の間は叶いませんでしたが、「X」を「X JAPAN」に改名したのは海外進出のため。25年前の記者会見で「無理でしょ」と言われたことが、いま現実になった。マジソンスクエアガーデン公演のリハーサル光景を挟んで、エピソードは続きます。

ART OF LIFE
X JAPAN
イーストウエスト・ジャパン
1993-08-25


彼の半生について書かれた曲『ART OF LIFE』を主なBGMに、まずはリーダーのYOSHIKIさんの少年時代に起きた衝撃的な出来事についてのお話。このことは自伝『YOSHIKI/佳樹』でもかなり詳しく触れられていますが、この出来事がYOSHIKIというパーソナリティ(呉服屋のお子さんの佳樹ではない)、X JAPANの歴史の前触れとなります。

 

YOSHIKI/佳樹
小松 成美
角川グループパブリッシング
2009-05-25


この映画にはたくさんの関係者が出演していて、YOSHIKIさんの側近であるLADIES ROOMのGEORGEさん、LUNA SEAやDIR EN GREYやMUCCなどといった後輩のバンド、Xを発掘した元ソニー社員の津田直士さん、黎明期からヴィジュアル系を見ている音楽ライターの増田勇一さん、そしてこの自伝の著者である小松成美さんも出演しているのですが、『ART OF LIFE』の完成が楽しみ過ぎて曲の発売前に単行本を出しちゃった市川哲史さんも出てほしかった・・・確実に面白いこと言ってくれそうなのに。でもまあ面白いこと言う映画でもないしな。でもここまで呼んだからには、かつてメンバーとしこたまお酒を酌み交わしたという大島暁美さんも出てほしかったですね。

ART OF LIFE
市川 哲史
ロッキングオン
1992-05





・家族との出会い、別れ、再会。

あと、たぶん他のどこでも出てきたことがないであろう人物が、声のみではありますが出演しています。この映画のテーマは「家族」、それがヒントですね。




2007年ごろ、ほぼ10年ぶりに会って食事をしたTOSHIさんとYOSHIKIさんは、本当に他愛もない、小さい頃の思い出話などをしたそうです。その時点では再結成のことは特に考えていなかったらしく、TOSHIさんもまだセミナーに在籍していましたが、その他愛もない話の中でTOSHIさんはかなり久しぶりに「心の底から笑った」そうです。

すべての始まり―エックスという青春
津田 直士
クレスタコレクション
2009-04



X JAPANが解散した翌年の1998年5月、ギタリストのHIDEさんが急逝しました。1人だけ一学年歳上だったHIDEさんは、TOSHIさんの挙動のおかしさを心配して、解散ライブではスタッフに「TOSHIが変なことを言い出したら、すぐにマイクのスイッチを切れ」とこっそり指示していたそうです。ファン想いだったことも有名でしたが、津田さんによると「ネタはいっぱいあるけど、泣いてしまうから言えない」そうです。



2011年7月には、かつて在籍していたベースのTAIJIさんも、HIDEさんの元へ旅立ちました。肩の下まで金髪のカーリーヘア(のようなパーマ)を垂らして腕を露出させたグラマラスな外見でありつつ、ケンカっ早い面もあり、YOSHIKIさん曰く「PATAはいつも笑ってる優しいおじいちゃん、HIDEはみんなを見てくれてるお母さん、俺とTAIJIは、暴れん坊の兄弟」。

TAIJIさんは1992年にXをクビになりました。TAIJIさんの生前の自伝でも、YOSHIKIさんの自伝でも、この映画の中でもはっきりと、方向性の違いとかではなく「解雇」だと述べられていますが、その理由は25年が経った今でも言えないそうです。
 



・感想「生きてて良かった、ずっと好きでいて良かった」

自分が初めてX JAPANを知ったのは小学生の終わり頃で、なんだか気づけば解散していて、Toshiさんの洗脳疑惑にまつわるワイドショーやhideさんの葬儀の中継などをテレビで見てようやく、なんだか凄いんだなあと漠然と感じていた程度でした。

そして、後にヴィジュアル系を好きになって、音源はもちろん過去のX JAPANに関する著書をブックオフで漁るようになった頃には(ちなみに上のAmazonに貼った著書は全部読んでいますし、画像がないから貼らなかったけど『蒼い血の微笑』『Xの爪痕』も所有しているし熟読しました)、すでにもう伝説のロックバンドでした。

HIDEさんはいないし、TOSHIさんは洗脳状態だし、PATAさんとHEATHさんはDope HEADzというバンドを作ったけれどもあまり上手くいっていないみたい。YOSHIKIさんは、当時の首相だった小泉純一郎さんのお気に入りのピアニスト、あるいはワインを片手に微笑む金髪のサングラスの素敵セレブレティ、という印象に変わっていて、上半身裸でドラムを叩く姿なんて一生見られんだろう、そう思っていました。だけど、未来って本当に、どうなるかわかんない。

LUNA SEAのSUGIZOさんが加入するとは。自分がこんなにもヴィジュアル系にのめり込むきっかけはLUNA SEAだったのですよ。そして、メンバーの中でも特にオタクっぽくて(失礼)、「小さい頃は孤立していた」というエピソードに心を揺さぶられたSUGIZOさんが・・・(もちろんインタビュー本『A PRAYER Ⅰ』『A PRAYER Ⅱ』は熟読。Jさんの本も河村隆一さんの小説も持ってるぜ)。あのね、生きてて良かった。青春パンクブーム真っ只中、息を殺してヴィジュアル系キモオタをやった時期は無駄じゃなかったんだ。今こんなふうにブログに書けるんだしな。

A prayer (2)
Sugizo
Fool’s Mate
1997-07



TAIJIさんが亡くなった1ヶ月後の2011年8月、10年越しの友達と、産まれて初めて観たX JAPANのステージは・・・、書けませんね。文字数をすでにオーバーしているのもあるけど・・・、えーと・・・泣いちゃうから。




この映画は、あえて1人で観に行きました。X JAPANがきっかけで仲良くなった友達なので、一緒に行こうとも思ったんですが、やめておきました・・・。

でも、観終わったあと、長文のLINEを送りました。
そして、向こうも長文のLINEを送り返してきました。

このへんにしときますね。泣いちゃうからね。

この記事を書いた人

プラーナ

henkou_ver
 

サブカル中二病系。永遠の14歳。大人のお子様。

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