「名古屋系」はダークでハードでメロディアスなのが基本で、LaputaもROUAGEも後期はかなり変化したとはいえ、明るく楽しく、とは言い難いような雰囲気でした。そんな中で、同じく名古屋出身ではあるものの、明るく楽しいバンドがありました。FANATIC♢CRISISです。

・少年の感覚のまま、やんちゃに走り続けたゼ。

1992年に結成され、1997年にメジャーデビューしたFANATIC♢CRISIS(ファナティック・クライシス)。結成時にボーカルの石月努さんは15歳、メジャーデビュー時でも20歳を迎えたばかりという異例の若さでした。バンド内でも最年少でしたが、ほとんどの曲を自分で作り、CDジャケットやPVで着る衣装のデザインまでを担っていました。

とても活動ペースが早いバンドとしても有名で、シングルを年に3~4枚、アルバムを必ず1枚、休みなくリリースし、アルバムリリースごとにツアーを行っていました。メジャーデビューから解散までの7年間でシングルは27枚もあります。

石月さんがまだかなり若かったこともあってか、カタカナの助詞(「〜なトキ」「〜(だ)ケド」というのが多い)とや、当時のメール文で流行った、「。」をやたらと付けるチャラさが気にかかるのですが、そのチャラい感じが他のヴィジュアル系と一線を画していたのかもしれません。でも哲学的な歌詞も多いし、心に残るフレーズも多いのです。


THE.LOST.INNOCENT
FANATIC◇CRISIS
フォーライフ ミュージックエンタテイメント
1999-02-24


最も売れた2ndアルバム『THE.LOST.INNOCENT』では、その若さゆえのフレッシュさが楽しめます。ラブソングやファンシーな曲が多くてちょっとむず痒い、でもそれがいい。あと、これはこの時期に限ったことではないですが、歌詞に「永遠」がしょっちゅう出てきます。FtC(FANATIC♢CRISISの公式略称表記。編曲クレジットや雑誌掲載時でもこの表記が使われていました)といえば永遠、というイメージがあります。
メビウスリング 引き裂いてよ "永遠"なんて どこにもない
この瞬間(トキ)に 君の笑顔に 未来を夢ミル
それだけさ

ただ、この時期は声がなんだか籠もっているのが少し残念。後半になるにつれて石月さんは伸びやかに歌うようになったので、後期の歌い方でこれが作られていたら、自分が1番好きな作品はこれだったと思います。メンバーのヴィジュアルが最も派手な時期でもあり、茶髪・金髪・赤髪・青髪・そして石月さんは黒髪で背中に羽のオブジェ。でも、ここをピークに段々とカジュアルになります。

EAS(イース)
FANATIC◇CRISIS
ソルブレイド
2000-09-13


ヴィジュアル系ブームに乗ることもできたFtCですが、ブームの衰退と共に契約更改のシーズンが訪れ、一度インディーズに戻り、通信販売限定のシングルを出した後のアルバム『EAS』ではチャラさが薄れ、ギターの音も大きくなり、なぜかジャケットには英国国旗。ロックバンドとしての主張を前面に押し出した作風に。このテンションで『THE.LOST.INNOCENT』が作られていれば・・・、というわけで、個人的にはFtCで1番好きなアルバムはこれです。当時よく指摘されていたようですが、くるりに似ているとはあまり思わないなあ。個人差はもちろんあるかもでしょうけど。そして、ここでも永遠さがしが続いています。

永遠はないさ 温もりがせつないね
Roses in Eternity... 永遠まで
Roses in Reality... 永遠まで
あと少し... もう少し...

え?あれ?さっき、「永遠はないさ」って言い切ったよね?でもあと少し?もう少し?こういう、ひとつの歌詞の中で逆のこと言っている歌詞がたまにあるのも特徴ですね。これは故意にそうしたもので、受け手に答えを委ねたいから、みたいな理由があることを昔インタビューか何かで読んだ覚えがあります。

後期はヴィジュアル系の枠組みにとらわれず、純粋なロックバンドを目指した作風になりましたが、入りやすいのはやはり前期のこの2枚だと思います。脂が乗った感じがするのは後期ですけれども。

2005年のFtC解散後しばらくはジュエリーデザイナーとして活動されていた石月さんですが、2012年に歌手活動を再開。7年間のブランクがあっても、全く衰えがありませんでした。



永遠は、たぶんある。カモ・・・。

この記事を書いた人


プラーナ

henkou_ver


サブカル中二病系。永遠の14歳。大人のお子様。

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