バックパッカーとしてインドへやって来る人々への玄関口の1つでもあるコルカタ。私は常にデリーから入国するのであまり縁がない街だが、それでも他の街へ向かうために2、3日滞在したことはある。そんなコルカタの街を思い返してみよう。

歓喜の街、コルカタ

コルカタは以前はカルカッタと呼ばれていて、デリー、ムンバイに並ぶ人口を誇る街だ。映画「シティ・オブ・ジョイ」の舞台にもなり、そのタイトルの通り歓喜の街とも呼ばれる。有名なマザー・テレサの死を待つ人々の家もここにある。私はヴァラナシでつるんでいたI君と一緒にヴァラナシから列車でコルカタのハウラー駅に到着した。

 bridge-167041_1280

人まみれのハウラー駅からリキシャーに乗り、安宿が集まるサダル・ストリートを目指した。フグーリー川を渡るとどんどん景色がごちゃごちゃしてきた。車も多いし人も多い。建物もごちゃごちゃと建ち並んでいる。建物は古い欧風なものが目立った。インドが長い間イギリスに統治されていたことがよくわかる。そうだ、東インド会社もここを拠点としていたはずだ。しかし、そこにひしめいているのはインド人。これはカオスだ。このカオスの中に歓喜が潜んでいるのか……。

安宿街、サダル・ストリート

サダル・ストリートに着き、リキシャーを降りて宿を探す。ある程度名前が知られている宿はドミトリーが多いし、個室であっても薄暗いし、ちょっとこれはキツイ、と私たちはガイドブックには乗っていない宿にアタックしてみた。部屋を見せてもらうとキレイで清潔、テレビつき。宿泊客はインド人ビジネスマンがメインのようだ。少々高めだが2、3日の滞在だしいいよね、とここをシェアすることに決めて荷物を降ろした。

S16W27IMG09 (1)
 
身軽になって再度サダル・ストリートの辺りを2人でふらついた。2月だというのに湿気が強く蒸し暑い。歩いているだけで汗がじわじわと出てくる。まわりのインド人はヒンディー語ではなくベンガル語を話している。それだけで北インドから脱したなぁという気持ちがわいてくる。知らない所を歩くのはやはり面白い。

軽く食事をしてから、お互いの次の目的地へのチケットを旅行代理店で取れるか確認をし、一旦宿に戻って休憩して、ディナーのために外出した。目指すは中華料理。食べることが大好きなI君と、ガイドブックに載っていたハウ・ホア(豪華飯店)という中華料理店でお鍋を食べよう、とヴァラナシにいた時から決めていたのだ(現在営業中かは未確認)。

ハウ・ホアは中国人が経営するきちんとした中華料理店だった。久しぶりのお鍋でお腹もいっぱいになり、満足した私たちはさらに満足すべく道端でアイスクリームを買い、それを食べながら宿へ戻った。
 

この記事を書いた人

bloglogo
madokajee

旅と音楽と本が好き。別名義でWebライターとして活動中。
note  twitter 


スポンサーリンク