バックパッカーとして訪れているインド・ヴァラナシ。この街には聖なる顔と俗なる顔がごっちゃごちゃのカオス状態で存在している。聖なる顔はもちろん母なるガンガーと火葬場。俗なる顔はそこに群がる観光客から1ルピーでも多く搾り取ろうとする奴らだ。

24時間燃え続けるガート

母なるガンガーは日々の人々の祈りだけではなく、死んだ人をも受け入れる川だ。ヒンドゥー教徒は墓を持たないため、有名なマニカルニカ・ガートでは24時間、365日、死んた人を焼き続ける。燃やすための種火も特別なもので、ガートを仕切る一族が代々うけ継いでいるそうだ。でも屋上にこんなかわいい犬がいた。

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              撮影:madokajee

ヴァラナシは他所の土地からも死ぬために人がやってくる場所で、それだけ神聖な場所だ。だから街をフラフラしていると、遺体を担いだ人が「神の名は永遠なり!」と口々に叫びながら通り過ぎていく集団によく出会う。死は決して汚れたものでも忌み嫌われるものでもない。

ある時、結婚式の集団と、遺体を担いだ集団が鉢合わせした。結婚式の集団は当然のように道を開け、死者へのリスペクトを表した。これがヴァラナシのヴァラナシである所以である。

マニカルニカ・ガート

ガンガー沿いのもう少し上流にも火葬場はあるのだが、マニカルニカの規模や雰囲気にはとてもかなわない。ただし、マニカルニカには火葬を眺めようとする観光客から色々な言いがかりをつけてお金を巻き上げる集団もいるので注意。それから火葬場では撮影は禁止である。報道写真などは何かのルートを使って撮っているようだが、一般人は禁止。ボートから眺めていても「カメラをしまってください」と必ず言われる。

遺体は薪で焼く。薪の種類によって値段がとんでもなく変わるが、これは来世への旅立ちなので、人々はできる範囲で良い薪を選ぶ。もっとも前述の小さな火葬場だと薪すら買えない人たちのために電気で焼くという方法もある。

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              CC0 Public Domain

焼く場所へ遺体を置いたら、木で囲い、身体の上には大きな薪を乗せる。これは火に焼かれた身体が起き上がってきてしまわないように、らしい。火がつけられ燃え始めると、頃合いを見計らって火葬場の職人が竹で遺体をバシバシ叩く。これも見苦しくなく、効率よく燃やすためだそうだが、初めて見るとびっくりする。

遺体が完全に焼けるまで2~3時間。それを初めから終わりまで見届けるのには勇気も体力も必要だ。それでも遺体の残りを布でくるみ、ガンガーへ流して火葬は終わると、不思議な達成感に包まれる。そしてまた次の遺体がやってくる、というわけだ。

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             CC0 Public Domain

初めて見るとかなり衝撃を受けるが、不思議な事にここに長くいると、それも習慣だとして自然に受け入れられるようになる。

(次回に続く) 

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旅と音楽と本が好き。別名義でWebライターとして活動中。
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