「過去の自分の否定」

清春さんの発言には、いつもこのテーマが付いて回ります。自ら『亡骸を・・・』などといったホラーゴシックなアルバムタイトルを付けたり、白装束に身を包むヴィジュアル系ボーカリストとしてデビューしておきながら、翌年にはナチュラルな外見になってポップな曲を作ってCMに出演し、その更に翌年には髪を赤く染めてパンクスタイルになり・・・・・、前回の記事でも書いた通り、とにかく言動も行動もコロコロ変わるのです。

自分はそこに最も魅力を感じたのですよね。悪くいえば常にブレまくっているということですが、それを惜しげもなく言ってしまえる部分を潔いと思ったし、世界観やポリシーを重んじることが美徳とされるヴィジュアル系ロック界の中で、そのアティチュードは良くも悪くも異端で、はみ出し者のような印象がありました。

DRUG TREATMENT
黒夢
EMIミュージック・ジャパン
1997-06-27


そこに痺れたというのはまあ・・・・・・ひとことで言えば「中二病」なのですけれども。自分は、他の人より少し遅れて、高校生くらいになってその症状が出てしまったということです。そして、それを更に何年もずっと拗らせ続けることになります。 


LUNA SEAの項目の後半に書いたように、自分の中学生時代はプチ引きこもりでした。それを払拭して新しい人生を手に入れるべく、リア充な高校生活をエンジョイすべく、少し遠めの高校に進学したのですが、やはり気持ちは中学生時代を引きずっていて、そう簡単にウエーイ系になれるはずもなかったのですよね。これは自分自身にも問題があったのですが。

環境は少し変わったものの、結局は教室の隅でくすぶっている地味な存在でした。 進学校だったので部活動も少なかったですし、帰宅部まっしぐら。決して少なくはない宿題をこなしながら(なんせ、小テストが週3ペースなのですよ)、当時すでにボロボロだったラジカセから流れるのがこんな歌詞。

明るみに出た昔の顔と歴史にツバを吐いてみた
鏡に映るrealな現在 愛せるようにMetamorphose(『MIND BREAKER』)

勉強に励むために聴くような曲でもないのですが(かと言って、勉強に向いている音楽というのもよくわかりませんが)、とにかく捗りましたよどういうわけか。おかげで、自分で言うのもアレですが高校時代の成績はクラスで上位でした。自分で言うのもアレですが、教師に割と露骨に贔屓されるような生徒となりました。

でも、真面目系クズという言葉が生まれる遥か昔からその現役選手だった自分には、なんにも響いてはおらず、贔屓されていたと自覚したのは卒業寸前でした。結局、担任に望まれた有名大学には掠りもしなかったし、某R大学(某名探偵K君の主題歌を歌っていたMayお姉さんが当時まだ在学中で、我が世代の憧れだったのです)のオープンキャンパスには間違えて授業に潜入してしまうドジっ子ぶりだし、完全に滑り止めのつもりで受けた大学にお世話になることとなりました。なにもかもに自分の感覚との乖離を覚えるようになって、ようやく気付きました。

現実って、意外としょうもないんだなあ。

そして、自分は、ただの普通の人にもなれないのだろうか。高校生や大学生になれば、部活やらなんやら、友達やらなんやら、とにかく何かが待っていると思っていた。自分なりに性格を変えようとはしたはずだった。でもどこにも属せなかった。でもまだ、過去を塗り替えたい。その気持ちをくれたのが、当時すでに懐メロと化してはいたけど、黒夢でした。未だに忘れられないトラウマ。

同級生が175Rやロードオブメジャーに熱中し、その中でもイケイケな人たちはコピーバンドを組んで女子にキャーキャー言われる中、自分はひとりでブックオフや古本市場を何軒も巡り、すでに入手困難となりつつあった8cmCDを収集する日々。直後に、カップリング曲も全て補完した『コンプリート・シングルス』が発売された時は「今更出してんじゃねえよ・・・・・隣の隣の隣の市まで自転車を走らせたあの土曜日の午後を返せ」と思いました。

コンプリート・シングルズ CCCD
黒夢
EMIミュージック・ジャパン
2003-09-29



そして、大学では漫画サークルに入ってオタクになろうとするのですが・・・・・それはまあ別のおはなし。あ、一瞬だけ軽音楽部にも入っていましたが、ヤンキーばかりで怖かったのと、あらかじめ決められていた幾つかのバンド名がいずれもあまりにも酷かったという理由で、半日で辞めました。



この記事を書いた人


henkou_ver
  

プラーナ

サブカル中二病系。永遠の14歳。大人のお子様。 

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