初めてバックパッカーとして訪れたインド。デリーの安宿街パハール・ガンジの喧騒や埃の中をふらふら歩き、おしゃれスポットのコンノートプレイスで高級宝石店を覗こうとしてドアマンに「No!」と追い返されたり。少し歩けば刺激に当たる。そして寝台列車で次の目的地ヴァラナシへ向かうのだ。
  
試される街、ヴァラナシ

先にヴァラナシという街について説明しておこう。ヴァラナシはガンガー(ガンジス川)が流れるヒンドゥー教の聖地であり、恐らく「インド」という国を想像した時にすぐにイメージする街の一つだろう。三島由紀夫の『豊饒の海』の第三巻である「暁の寺」、遠藤周作の『深い河』などの小説の舞台にもなっている。

india-371_1280
 

こう書くと、とても神聖な街を想像するだろう。私もそうだった。しかし初めてガンガーを目の前にし、感動しながら眺めていると商魂たくましい物売りの子ども達が「コニチワ、ジャパニ!トモダチ!」「コレカウ、ヤスーイ、ノータカイ、グッドクオリティ!」とうるさくまとわりつき、感傷モードにさえ浸らせてくれない。

要するに、実際は聖と俗のパワーバランスがめちゃくちゃなカオスな街だったのである。そのカオスっぷりにがっつり惹かれた。インド人との攻防に疲れ果て「インドは好きだけど、ヴァラナシは嫌い」という人もいるが、私は、何というか、人間としての底力を試されるような気持ちになるのが面白くてしかたないのだ。試される街、ヴァラナシである。

インド屈指の沈没地

バックパッカー用語で、居心地の良さにずるずると居着いてしまうことを「沈没」という。試される街、ヴァラナシはインド屈指の沈没地でもある。試されはするが、そのことに慣れてしまうとずるずると居着いてしまう魔力がこの街にはある。

物価が安い、バックパッカー向けのレストランが割と豊富である、いけないモノが簡単に手に入る、ダメな人間に優しいなどなど色々な理由があるが、やはりガンガーの存在が大きいと思っている。

ガンガーからぽこっと顔を出す大きな朝日に起こされ、昼から夕方にかけてはガートと呼ばれるガンガー沿いの沐浴場を伝って散歩をし、疲れたらガート沿いにいくつもあるチャイ屋でぼーっとガンガーを眺める。同じチャイ屋に通っていればなんとなく顔見知りができて、世間話ができる。

varanasi-787734_1280
 

決して治安の良い街ではない。痴漢やぼったくりは多いし、ギャングも多い。時々はガートでテロが起きたりもする。それでもインド人はごく普通に生活し、沈没者もだらだらと旅の上での生活を続ける。それがヴァラナシという街だ。

そんなヴァラナシに向けて、デリーから列車に乗り込み一晩かけて向かう。

(次回へ続く)



深い河 (講談社文庫)
遠藤 周作
講談社
1996-06-13

 

この記事を書いた人

bloglogo
madokajee

旅と音楽と本が好き。別名義でWebライターとして活動中。
note  twitter 


スポンサーリンク